◎世界の中の蒲郡

 【市吹奏楽団】      【アメリカズカップ

                     


【市吹奏楽団】
 昭和31年に発足した「蒲郡中学校OB吹奏楽団」が、蒲郡市吹奏楽団の前進であり、アマチュアの市民吹奏楽団として、自主的な活動を行っている。

 現在、団員は約100名。年齢も10代から50代までと幅広い。団員の中には兄弟団員はもちろん、親子団員夫婦団員も存在する。

 市主催の成人式、蒲郡まつり、あるいは、小中高校での音楽会等の依頼演奏に出演するなど幅広い活動と歴史をもちモデル市民バンドとして全国から注目を集めている。

 昭和44年から開催している定期演奏会はすでに40回を越えている。また、全日本吹奏楽連盟主催の全日本吹奏楽コンクールにおいて、蒲中OB吹奏楽団当時を含め、1位7回、2位1回、金賞9回、銀賞7回、銅賞1回、招待演奏2回という輝かしい成績を収めている。

 昭和49年3月に、日米吹奏楽指導者会議の席上、日本の代表バンドとしてハワイ・ホノルルで演奏を行い、また、昭和61年8月に日華友好音楽使節団として、台湾台北にて演奏をし、好評を得るなど海外公演も経験している。


【アメリカズカップ】
 アメリカズカップは国際ヨットレースの最高峰である。140年にも及ぶ長い歴史を持つこのヨットレースは常に最先端のテクノロジーとマンパワーを結集した艇の競い合いであり、多額の資金援助(数十億円?)が不可欠の要素となる。

 日本から1992年第28回大会にニッポンチャレンジが初出場する際、ニッポンチャレンジのベースキャンプ地として1987年より蒲郡市が支援し、88年2月に蒲郡市の港湾再開発区域に予定している竹島埠頭の一角に誕生した。

 第28回大会、そして1995年の第29回大会ともセミファイナルに進出したが、カップ獲得には至らず、1999年の三河湾開催への夢はたたれた。

 日本チャレンジの挑戦は、欧米の海洋文化に日本が参画したことで、日本人の価値観が経済的な繁栄だけに向けられているのではなく、文化スポーツ面においても世界との強調に努力を惜しまない民族であることを証明したといえる。
 「GAMAGORI」は、ニッポンチャレンジの外国人クル−や海外から訪れるセイラ−たちの間で〈G/G〉という愛称で呼ばれている。

 
注:2000年の第30回大会もセミファイナルまで進出しました。その後、ベースキャンプ地は、2003年に基地撤去となりアメリカズカップ広場として生まれ変わりました。そこには、アメリカズカップクラス2艇が展示されています。また、蒲郡商工会議所玄関前には、全長35mのカップ艇のマストが立っています。


   

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